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悲嘆・グリーフとは一般的には何かを失った時にうまれる感情です。それは最愛の家族やペットの喪失であったり、人間関係の喪失であったりします。しかし介護者にとっては、介護をしていく中で様々な種類タイプの悲嘆を経験することがあるでしょう。介護の状況は千差万別で、悲しみにどのように対処し、表現するかも人によって異なります。多くの家族介護者にとって、大切な人の介護はかなりの時間やエネルギー、そして注意力を必要とします。介護者に知られていない、また気付かずに感じている悲嘆のひとつに、予期悲嘆があります。予期悲嘆は長期にわたって介護をつづけている場合に生じることがあり、介護者は親族が亡くなる前から悲嘆に暮れはじめるのです(Family Caregiver Alliance, n.d)。

予期悲嘆とは

予期悲嘆については死別後の悲嘆ほど論じられることはありませんが、一般的に生じるプロセスです(Whitley, 2020)。予期悲嘆は、食事制限であったり、身体機能や認知機能の低下など、介護対象者の多岐にわたる変化を目にする中で、介護者が経験します。介護者はこれらの変化に対応しなければならず、その親族の以前の姿が失われたことを悲嘆するかもしれません。また介護者は感情のコントロール、自立性、家族の調和などが失われることで自分自身の喪失感を感じることもあるでしょう。(Family Caregiver Alliance, n.d)。頻繁にこのような喪失感にみまわれ、命が尽きる時を予期することは、死別後の悲嘆と同様に困難な体験といえます。先にも述べましたが、予期悲嘆は喪失の予期から生じる正常な経験です。

anticipatory grief icon

予期悲嘆は段階的に生じると考えられています。一般的には、予期される喪失に対するショックから始まり、次に喪失の現実を否定し、最終的にはそれを受け入れるという段階です。このように時間とともに変化し、介護者が患者の病気と潜在的な死去に適応するためのプロセスなのです(Toyama & Honda, 2016)。悲しみ、怒り、抑うつ、不眠などという悲嘆が引き起こす身体的および精神的な問題を避けるためには、予期悲嘆に関連する感情を認識することが大切です(Family Caregiver Alliance, n.d)。予期悲嘆は、より強いレベルの怒り、感情の制御不能、不規則な悲嘆反応と関連しています。(Toyama & Honda, 2016)。従って介護者が予期悲嘆に気付き、認識することは、その感情に前向きに対処し、大切な家族への充実したケアを提供し続ける助けになるのです。

予期悲嘆の兆候

予期悲嘆は以下のような形で現れることがあります。

散漫な思考
(Hodgson, 2015)

  • 家族との思い出や現在のこと、そしてその家族を失った後のことなどについて、思考があちらこちらに飛んでしまう。
  • 単に気が散っているだけと見えるかもしれませんが、これは予期悲嘆の兆候のひとつです。

時間感覚の喪失
(Hodgson, 2015)

  • 長期に渡って介護をしていると、いつ終焉を迎えるかわからず、緊張した状態が続きます。介護の責任とその他の生活を両立させるには時間が足りないと感じ、時間感覚が歪んでしまったり、介護に終わりが見えないと感じるかもしれません。
  • 介護中は、やりきれない空虚感や喪失感に見舞われる毎日です。大切な家族がまだ存命中でも、予期悲嘆が日々の悲嘆を増幅させることがあります。
  • 誰かが亡くなるのを待つ間は、予期悲嘆が続くことを意味すると同時に、自分の生活の他の側面を保留し続けることにもなるのです。

不安と恐れ
(Hodgson, 2015)

  • 他の人には馴染みのないものかもしれないと誤解を恐れて、自分の予期悲嘆について話しずらいかもしれません。
  • 感情を表に出さず、悩み、不安、悲しみを一人で抱え込んでしまいます。

不安と恐れ
(Hodgson, 2015)

  • 他の人には馴染みのないものかもしれないと誤解を恐れて、自分の予期悲嘆について話しずらいかもしれません。
  • 感情を表に出さず、悩み、不安、悲しみを一人で抱え込んでしまいます。

将来への不安
(Whitley, 2020)

  • 大切な人のことや、その人のいない自分の将来に対する不安が募ります。
  • 同様に、大切な人の死はどのようなものか思いを巡らせるかもしれません。

その他の感情
(Whitley, 2020)

  • 悲嘆に関連するその他の感情に、怒り、不安、抑うつ、倦怠感、罪悪感、孤独感などがあげられます。
  • さらに悲嘆は、話したがったり、感情が麻痺したり、集中力の低下や、物忘れとして現れることもあります。

予期悲嘆への対処

予期悲嘆への対処は難しいかもしれません。しかしながら、大切な人を失う時のための心の準備手段でもあります。予期悲嘆を認識し理解することは、介護者が大切な家族を失った時の悲しみへの対処に役立ちます。

  • 喪失を認識する (Family Caregiver Alliance, n.d)
    • 大切な人が失ってしまうこと:
      • 運動機能の低下、認知機能の低下、記憶力の低下障害など。
    • 介護者自身が個人的に失ってしまうこと:
      • コントロールの欠如、自由時間の喪失、経済的安定性の低下など。
  • 感情を認識する (Family Caregiver Alliance, n.d)
    • 喪失に関わる伴う感情を認識する。
    • これらの感情には、悲しみ、罪悪感、恥辱感、後悔、怒りなどが含まれる。
    • このような感情は正常なものであることを忘れないこと覚えておきましょう。
  • 自分が悲しむことを、自身が許す (Family Caregiver Alliance, n.d)
    • これらの喪失を嘆き悲しみ、自分の感情を表に出す。
    • こうすることで喪失に伴う感情の激しさを和らげることができます。、その結果、怒りの爆発頻度や絶望感を減らすことが可能となるのです。
    • 否定的な感情を我慢することは、問題の解決にはつながりません。予期悲嘆に対処するのは容易ではないですが、大切な家族とより多くの時間を過ごし、別れを告げる準備の機会を与えてくれます。
  • 感情を表に出す (Family Caregiver Alliance, n.d)
    • 自分の感情を整理する方法をみつけましょう。家族、友人、カウンセラー、スピリチュアルアドバイザーと話すなど、自分の感情のはけ口をみつけることも助けになります。
    • 瞑想、リラクゼーション、祈り、サポートグループ、芸術などの趣味も、激しい感情を手放して悲嘆に対処するための良い方法です。
  • 自分を大切にする (Whitley, 2020)
    • 心身の健康に気を配ることで予期悲嘆によるストレスを緩和しましょう。
    • 定期的な運動、バランスのとれた食事、毎日の十分な睡眠を心がけましょう。
    • サポートグループに参加し、他の人がどのように予期悲嘆に対処してきたかを学びましょう。
    • 家族や介護を受けている人と、一緒にいる時間を楽しみましょう。
hand on rainy window

通常の悲嘆と同様に、予期悲嘆は一連のプロセスであり、その体験は人によって様々です。介護提供者として予期悲嘆に前向きに対処するためには、予期悲嘆を認識することが重要です。怒り、不安、恐れ、罪悪感、悲しみの感情を認識しましょう。このような経験には名前があり、特異な現象ではないと理解することが、悲嘆感情を受け入れるのに役立つかもしれません。大切な家族の介護に伴う変化に応じて悲しむことを自分に許しましょう。自分の感情を表現することや悲しむこと、自分を大切にすることは、予期悲嘆に対処する有効な手段です。

出展

Family Caregiver Alliance. (n.d.). Grief and Loss. Retrieved from https://www.caregiver.org/resource/grief-and-loss/

Hodgson, H. (2015). Why is anticipatory grief so powerful? Retrieved from https://thecaregiverspace.org/anticipatory-grief-powerful/

Toyama, H. & Honda, A. (2016). Using Narrative Approach for Anticipatory Grief Among Family Caregivers at Home. Global qualitative nursing research3, 2333393616682549. https://doi.org/10.1177/2333393616682549

Whitley, M. (2020). Anticipatory Grief: Learning the Signs and How to Cope. Retrieved from https://www.aplaceformom.com/caregiver-resources/articles/anticipatory-grief