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「義兄はとにかく医者嫌いなんです。おそらくこれまでの人生で一度も医者に診てもらったことはないと思います。検査はもちろん、薬一つ飲まないし、歯医者にも行っていないから歯もボロボロになっていると思いますよ」こう話すのは、長年同居している義兄の介護をしているミゾグチ・リンダさんです。
医者嫌いは母譲り
リンダさんは、介護が必要な義兄のキースさんと夫のジュンさん含め家族6人で一緒に暮らしています。ジュンさんは、兄のキースさんとは子供の頃から同じ家でずっと一緒に暮らしてきたそうです。「兄は軍隊から戻って来てからも、ドクターのチェックアップには行ったことがない。そういうところは私の母も同じでしたね」とジュンさんが言うと、リンダさんも義母の医者嫌いのエピソードをこう振り返りました。
「(義母は)保険には入っていたのに、『ドクターの所へ行くと余計悪くなる』と言って決してドクターの所へは行きませんでした。昔、乳がんを患った時も、腫瘍が大きくなるまで医者の所へは行かずに、立てなくなって倒れた時に初めて病院へ行って手術したくらいです。」
万一に備えての癒しケア
当時のキースさんは、歩く時に足を少し引きずる程度で、他は特に問題はなかったそうですが、どこの医者にもかかっていなかったので、万が一のことが起こって家で亡くなった場合、死亡診断書等、どうしたらいいのかという不安をリンダさんは抱えていました。また、医者に行きたがらないキースさんの思いを尊重しつつ、家族としては安心できる方法がないか、気になっていました。そんな折、お墓を購入する際にお世話して下さった方に『ここに相談してみては?』と紹介されたのが癒しケアだったそうです。
家族に対する責任
これまでどんなことがあっても医師に頼らなかったキースさん。それが、リンダさんの勧める癒しケアチームの医師、八浪祐一先生から訪問診療を受けるようになりました。キースさんに心の変化があったのです。「もし私がこの家で死んだ時のことを考えると、誰かにお願いしないといけないし、その時にどの医者にもかかっていなかったら、家族に迷惑をかけてしまう。それは無責任だと思って」とキースさん。つい最近転倒し、歩けなくなった自分の体の状態と今後のことを考え、家族への負担を少しでも軽減しようと気遣ったからでした。
本人の意志を尊重する介護の形をサポート
癒しケアチームは、そんなキースさんと介護するご家族の意思を汲み取り、双方に負担がかからないように支援を続けています。訪問診療の際は、担当医の八浪先生が問診し、血圧や脈拍を測ったりと、常にキースさんの体の状態を確認して、介護しているご家族と情報を共有しています。「先生が家に来てくれるので助かります。安心感がありますよ。どんなことでも聞けるし、相談にものってくれて、精神的ストレスも軽減されました」とジュンさんはホッとしているようです。
コロナ禍以降は、直接の訪問ではなく、癒しケアチームが定期的に電話で様子を伺ったり、 ご家族の方からも必要な時に電話で相談したりしているそうです。
最近のキースさんは 、前に好きだったものが嫌いになるなど、食が細くなってきているそうです。心配するリンダさんに「医者にもいかないし、このまま自然でいい」と言うキースさん。リンダさんやジュンさんは「できる限りこのまま家で、家族でお世話するつもりです」と本人の意志を尊重しています。
家族に降りかかる負担を緩和
どの家族にもそれぞれの「普通」という名の伝統や習慣、物事の優先順位があります。それをなるべく尊重できるよう癒しケアは支援しています。医者にはかからないポリシーを貫くキースさんを介護する家族にとっては緊急時を思うと不安になります。これまでの人生で医者にかかることのなかったキースさんですが、自宅で無理なく受けられる癒しケアには「抵抗がなかった」と言います。キースさんの家族への気遣いが伝わってきました。癒しケアは患者本人のためだけではなく、介護する家族の負担を緩和するケアでもあるのです。